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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)82号 判決

原告

星野安三郎

藤永哲夫

代理人

田邨正義

外二五名

被告

東京都

代表者知事

美濃部亮吉

指定代理人

石葉光信

外五名

主文

被告は、原告星野安三郎に対し金一〇万円を支払え。

原告星野安三郎のその余の請求および原告藤永哲夫の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用のうち、原告星野安三郎と被告との間では被告に生じた費用の三分の二を同原告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告藤永哲夫と被告との間では全部同原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立て

原告ら

「被告は、原告らに対しそれぞれ金一〇〇万円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

被告

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」

との判決を求める。

第二  原告らの請求の原因〈以下省略〉

理由

一事実の経過

原告星野安三郎が東京護憲連合の代表委員であり、原告藤永哲夫が同連合の代表幹事であるところ、同連合が、昭和四二年六月一〇日に憲法施行二〇周年を記念して憲法擁護の趣旨を広く国民各層に訴えるため、憲法二〇周年記念国民大行進を実施すべく、原告星野安三郎が主催者となり、同年六月五日、都公安条例一条に基づき、東京都公安委員会に対し、主催団体東京護憲連合、行進順路別紙略図の申請コースのとおり、杉並区役所から国会裏側を通り日比谷公園まで、参加予定団体東京護憲連合構成団体、参加予定人員約一、〇〇〇名、宣伝カー四台、各称憲法二〇周年記念国民大行進なる集団示威運動の許可を申請したところ、同委員会は、都公安条例三条一項但し書の規定に基づき、右の申請に対し、同月八日付をもつて、別紙条件書一項ないし三項記載のとおり、秩序保持に関する事項、危害防止に関する事項および交通秩序維持に関する事項など九項目にわたる条件を付するとともに、同条件書四項および別紙略図の許可コースのとおり、右申請にかかる行進順路中、赤坂見附より永田町小学校前、国会裏側および首相官邸前を経由して特許庁わきにいたる進路を赤坂見附交差点〜山王下〜溜池交差点〜特許庁前に変更する旨の進路変更に関する条件を付してこれを許可し、その結果、原告星野安三郎が申請した本件集団示威行進は、右申請にもかかわらず、国会裏側の行進を禁止されることになつたことは、当事者間に争いがない。

二本件条件を付した許可処分の違法性

1  都公安条例自体が憲法二一条に違反するとの主張について

(一) 憲法二一条の規定する集会、結社および言論、出版その他一切の表現の自由が、民主政治の根幹をなす基本的人権であることはいうまでもないが、しかし、かかる自由も絶対無制限なものではなく、他人の人権を不当に侵害するものであつてはならないという内在的制約をともなうものである(憲法一一条、一二条)。したがつて、これらの権利を調整する原則としての公共の福祉(社会共通の利益の維持)の見地から必要かつ最少限度においてこれを制限するも、これをもつて不当に基本的人権を侵すものではないというべきである。そして、都公安条例が規制の対象としている集団示威運動(以下「集団行動」という。)も、集団行動によつて政治、経済、労働、世界観等に関するなんらかの思想、意見、主張、感情等を表現し、一般大衆に訴えようとするものであるから、憲法二一条の保障する表現の自由の一つの形態と解すべきものであることは多言を要しない。ところで、かような集団行動による思想等の表現は、現代社会におけるように、表現の自由が、主として、新聞、雑誌等の印刷物やテレビ、ラジオ等の電波などいわゆるマスコミュニケイシヨンを有効な手段として行使されてはいるが、これをみずからの意見、主張の表現手段として使用することのできる者は限られた一部の人にすぎない実情のもとにあつては、大部分の国民大衆にとつては、主体的にみずからの意見、主張を表現するためのほとんど唯一の手段であるといつても過言ではなく、また、集団行動が整然と行われる限り、議会制民主主義の補完的役割を果すものとして評価でき、この意味において民主政治にとつてきわめて重要な意義を有するものであるが、しかし言論、出版等による表現とは異なつて、その自由が濫用されるときは、法と秩序をみだし、地方住民の生命身体自由財産等を侵害するおそれがあるものであることも否定できない。したがつて、集団行動による表現の自由もまた憲法の保障する基本的人権ではあるが、これについて、公共の安寧秩序を保持するため、予じめ、必要かつ最少限度の制限措置をとるも、けだしやむを得ないところであるというべきであつて、都公安条例三条一項が「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外は、これを許可しなければならない。但し、次の各号に関し必要な条件をつけることができる。」と規定するのも、右の趣旨と同じであると解されるから、同条項は、集団行動による表現の自由を不当に制限するものではないというべきである。

(二) 原告は、集団行動に対する規制を一般的許可制によつて事前に抑制することは憲法の趣旨と相容れず、特定の場所又は方法につき、合理的かつ明確な基準の下に、公共の安全に対し明らかな差迫つた危険を及ぼすことが予見されるときにのみこれを不許可、禁止する場合に限つて合憲であると解すべきところ、都公安条例一条、三条一項に規定する許可制は、場所的特定がないのみならず許否または条付を付する判断基準としてはきわめて抽象的、かつ、あいまいであるから、違憲である旨主張する。

しかしながら、都公安条例が採用する許可制が行政庁の許可があつてはじめて集団行動ができるという趣旨であるならば、集団行動による表現の自由を保障する憲法の趣旨と相容れないが、諸法の調和を旨とする行政法規の解釈としては、許可の概念、用語にこだわることなく、むしろ憲法の趣旨に合致するよう、実質的、合理的に解するのが妥当である。したがつて、都公安条例は文面上では許可制をとつているが、これを実質届出制として解釈運用するを相当とする。けだし、集団行動による表現の自由は完全に保障さるべきであり、たとえこれを事前に規制するにしても単なる届出制でなければならないというのであれば格別として、上記のように、公共の安寧秩序を保持するため、予じめ必要かつ最少限度の制限措置をすることができる旨の規定を条例に設けても、これをもつて直ちに憲法の保障する表現の自由を不当に制限するものでないと解する以上、許可制であれ、届出制であれ、事前の制限措置を規定することにおいては実質的には同じであるからである。また、都公安条例のこの規定は、集団行動が行われる場所のいかんを問わずこれを一般的に制限する規制方式をとり、許否又は条件を付する判断基準についても抽象的な観念で規定し、具体性ないし明確性を欠くものであつて、東京都公安委員会がこのような広範な裁量権をもつときは取締の便宜に傾きその濫用のおそれがあるばかりでなく、これに基づいて同委員会の付する条件が犯罪構成要件ともなること(五条)を考え合わせるとその妥当性はかなり疑わしいが、他面、「明白かつ現在の原則」の適用は地方的状況その他諸般の事情を具体的事例に即して考慮してなされなければならず、結局はその判断を東京都公安委員会の裁量に委ねその裁量権の正当な行使に期待せざるを得ないものであるから、原告の指摘するとおり、都公安条例のこの規定が具体性ないし明確性を欠くにしても、このことをもつて直ちに集団行動による自由を侵すものと断ずることはできない。

なお、原告は、都公安条例は東京都公安委員会が同条例三条二項に定める二四時間前までに許可証を交付せず、許否を明確にしないまま放置した場合における救済規定を欠いており、この運用のいかんによつては集団行動による表現の自由を阻害することになる旨主張するが、都公安条例の採用している許可制はこれを実質届出制として解釈適用すべきこと前示のとおりであるから、もし仮に右所定の日時までに許否の処分がない場合には、解釈上当然に許可があつたものとみなし、申請どおりの集団行動ができると解するを相当とする。

(三)  これを要するに、上記都公安条例の規定は、違憲とはいえないが、原告が指摘するとおり、幾多の欠点があるものであつて、その運用のいかんによつては、憲法の保障する表現の自由を侵害する危険を包蔵するものである。

なお、原告は、都公安条例自体の違憲性を主張するが本件条件を付した許可処分は前記同条例三条一項の規定に基づいてなされたものであつて、同条例のその余の諸規定(四条、五条など)は、本件条件を付した処分と関係がなく、仮にこれらの規定が違憲であるとしても、それによつて本件条件付許可処分の効力に消長を来たすものではないから、本訴において、その違憲性を主張することは許されないというべく、したがつて、これについて判断するを要しないと解する。

2  本件条件を付した許可処分が違憲、違法であるとの主張について

(一) 集団行動による表現の自由の事前の制限は、不許可であれ条件付許可であれ、公共の安寧を保持するうえに明白かつ現在の危険が認められる場合に限つてこれをすることができることは上来述べてきたとおりである。そうであるとすれば、都公安条例三条一項本文は右の明白かつ現在の危険が認められる場合のほかは、無条件で許可が与えられなければならない趣旨であり、また同項但し書の趣旨は、条件付許可も右の明白かつ現在の危険が認められる場合に限られるべきことを当然のこととしたうえで、特定事項に関して必要な条件を付することによつてかかる危険を防止しうると認められるときは、あながち申請を不許可にすることなく、条件付で許可できることにするというにあつて、明白かつ現在の危険が認められない場合まで、東京都公安委員会が必要と認める条件を付することを許すものではなく、また、但し書六号の「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合の進路、場所又は日時の変更に関する事項」は、進路等の変更に関する条件が、一号ないし五号の事項に関する条件と異なり、実質的には申請に係る進路等の一部不許可を伴う変更処分ともいうべき重要な条件であるので、かかる条件を付しうる場合は、特に公共の秩序等を保持するためやむを得ない場合でなければならない旨を明らかにしたものと解するを相当とする。

ところで、本件において、東京都公安委員会は、本件申請に対し、都公安条例三条一項但し書六号に基づいて本件条件を付して許可したが、本件条件を付するにつき、同条項にいう「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」、または、「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合」であつたことを認むべき証拠はなく、かえつて、〈証拠〉を総合すると、つぎの事実が認められ、これに反する〈証拠〉は採用せず、他にこれを左右するに足る証拠はない。

東京護憲連合は、全都民を結集して、平和憲法を守り、憲法改悪とその空洞化に反対するとともに、憲法の平和、民主的条項の完全実施をめざす運動および右目的達成に必要な事業を行うため、昭和三一年二月一日設立された団体で、その構成は、団体加盟として、社会党東京都本部、東京地評、全国中小企業東京都会議、日本婦人会議東京都本部等のほか、各区毎の二三地区護憲、その下部組織としての四六の憲法を守る会があり、国会議員、地方議員、学者、文化人等各層にひろがる個人会員を含み代表委員は、原告星野安三郎のほか望月優子、芥川也寸志、森長英三郎、落合博司、伊藤英司の六人、そのもとに原告藤永哲夫がその一人である常任幹事会が置かれていて、会務の執行に当たつていたものであるが、他の道府県の護憲組織とともに、これらを統合する全国的組織である憲法擁護国民連合(中央護憲)にも属し、その行う諸活動を支持し、これに積極的に参加してきた。

憲法擁護国民連合は、昭和四二年四月ごろ、全国の護憲組織に対し、憲法施行二〇周年を記念して、「憲法二〇周年記念、ベトナム反戦、沖繩返還、自衛隊違憲、小選挙区制粉砕、春闘勝利、生活擁護国民大行進」なる名称のもとに、憲法記念日である五月三日(但し、沖繩は四月二八日)全国的規模で北は北海道から南は沖繩に至る各都道府県から東京に向かつて行進をおこし、三八日間にわたり歩きつづけた後六月一〇日東京に集結し、同日日比谷野外音楽堂において、「憲法二〇周年記念国民大行進中央集会」を開催することを提唱した。

東京護憲連合は、憲法擁護国民連合が提唱した右憲法二〇周年記念の大行進を支持し、その一環として、大垂水峠→日比谷公園、市川橋→日比谷公園、戸田橋→日比谷公園、六郷橋→日比谷公園の四コースをたどりいずれも日比谷公園を目指す、いわゆる求心デモを計画した。

本件集団示威行進は、右大垂水峠→日比谷公園のコースのうち杉並区役所から日比谷公園までの区間のものであるが、東京護憲連合としては、右区間の参加予定人員を約一、〇〇〇名と計画し、これを確保するために、加盟団体である東京地評をして動員計画をその傘下の労働組合に流さしめ、その結果、本件集団示威行進が国会周辺を行進する時点においては参加予定者は三、〇三五名が見込まれることになつたものの、これは、あくまで見込み数で、従来の経験から実際に参加するのは当初の計算どおりの人員数程度であるので、参加予定人員一、〇〇〇名として本件集団示威行進の許可申請をした(現に本件集団示威行進が国会周辺を行進した際の参加者は約二〇〇名にすぎなかつた。)。

東京護憲連合常任幹事会は、本件集団示威行進の許可申請に当たり、本件集団示威行進が憲法二〇周年を記念し憲法擁護を主要の目的とするものであることにかんがみ、憲法擁護運動と密接な関係がある国会に対し意思表示をすることの必要と意義とを認め、国会周辺(但し、裏側)を進路とすべきである、との結論に達したが、東京都公安委員会は、国会周辺のデモに関し、従来から国会開会中は、都公安条例一条にいわゆる集団行進(請願デモ)のみ許可し、集団示威運動はこれを許可しない取扱い方針であり、本件集団示威行進の当時、国会は第五五回期の開会中であつたので、同連合事務局長松本義治、弁護士角南俊輔をして、同委員会の公安事務担当者警視庁警備部警備課職員とこの点に関し再三事前折衝をなさしめた。その折衝の過程で、東京都公安委員会は本件集団示威行進の参加団体の中に社青同がはいつていることを確認したが、そのことについては何ら難色を示すことはなく、もつぱら国会開会中はその周辺の集団示威運動は従来から許可しておらず、その方針に今後も変わりはない、との態度であつたので、やむなく右折衝は打ち切られ、原告星野安三郎を主催者とする本件申請が東京都公安委員会に提出されるにいたつた。

これに対し、東京都公安委員会は、昭和四二年六月八日臨時委員会を開催して、右申請を検討した結果、国会が開会中であることを理由に、右申請の国会周辺の集団示威行進を禁止するため、進路を一部変更することを決定(なお、同委員会から権限を委任されている警視庁警備部長がその他の条件を付することを決定)し、本件条件を付して許可する旨の許可書を交付した。

(二)  被告は、国会は国権の最高機関として、国会議員その他国政審議に関係する者が静穏の環境のなかでなんらの妨害なく、国政審議権を公正に行使することとこれら議員等の登退院等の自由が確保されることは議会制民主政治の基盤をなすものであつて、いわば、国民全体の利害に係わるところであり、まさに公共の福祉そのものというべきである。しかるに、本件集団示威行進の参加予定人員は国会周辺を行進する際には三、〇〇〇余名であつて、本件集団示威行進が国会周辺を行進するときは、合唱、シユブレヒコールなどでけん騒をきわめ、現に第五五回特別国会が開会中であつた国会の国政審議権を阻害する危険があつたばかりでなく、右集団に参加することになつていた社青同が蛇行進等を行つて交通をと絶させたり、暴力により国会構内に乱入したり、坐り込んだりして、国会議員等国会関係者の登退院、往来を妨害する危険があつたので、東京都公安委員会は、かかる危険が「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」にあたると解し、公共の秩序を保持するためやむを得ない必要最少限度の範囲で条件を付して許可した旨主張する。

しかしながら、元来、都公安条例は地方自治法二条三項一号の事務に関し制定されたものであつて、地方住民の生活の安全と秩序を図ることを趣旨、目的とするものであるから、同条例にいう「公共の安寧」とは一般都民および滞在者の生命身体自由財産の安全をいい「公共の秩序」とはそれらの者の生活秩序を指すと解されるから、同条例三条一項但し書六号により集団行動の進路を変更する条件を付しうるのは、その進路が一般都民の生活秩序にとくに支障となる事態が予見される場合に限られるのであつて、国会およびその周辺を聖域として一般官公庁に対する保護(都条例三条一項但し書一号)以上にとくに厚く保護することを予想しているとは解しがたく、したがつて、被告みずからが指摘するように国民全体の利益にかかわる国政審議を保全するため国会ならびにその周辺における集団行動を禁止するには国会の制定する法律によるべきであると考えられる。しかし、その点はともかくとしても、〈証拠〉によれば、本件集団示威行進の実施日である昭和四二年六月一〇日には国会は第五五回特別国会の開会中ではあつたが、当日は土曜日であつたので国会は恒例により本会議は開かれず、委員会も開かれる予定がなかつたこと、そして東京都公安委員会においてもすでに同月八日本件申請を審議した際、右事実を了知していたことがそれぞれ認められ、他に右認定に反する証拠はない。また、〈証拠〉を総合すると、社青同が昭和三五年六月いわゆる六〇年安保国会の際国会構内に乱入し、昭和四〇年一〇月にも国会内で坐り込みをしたこと、本件集団示威行進に引き続き同日日比谷公園において行われた憲法擁護国民連合と東京護憲連合共催の憲法二〇周年記念大行進中央集会の許可申請書にその参加団体として社青同の名が記載されていたことがそれぞれ認められるが、しかし、他方、証人角南俊輔、同松本義治の各証言によれば、社青同は、社会党の青年部であり、社会党東京地方本部が東京護憲連合に加盟している関係上その青年部である社青同東京地方本部も東京護憲連合に加盟していたものであるが、社青同東京地方本部は昭和四一年秋ごろ内部分裂を生じ、それ以後は東京護憲連合の活動に参加していなかつたこと、前記の「憲法二〇周年記念大行進中央集会」の許可申請書に参加団体として記載されている社青同は憲法擁護国民連合の構成団体である社青同中央本部の趣旨で記載されたものであることがそれぞれ認められるばかりでなく、東京都公安委員会は、事前折衝の段階で、本件集団示威行進の参加団体の中に社青同がはいつていることを問題とせず、もつぱら国会開会中はその周辺の集団行動を許可しない態度であつたことは前示のとおりであり、しかも本件訴訟についての執行停止申立事件に関し東京都公安委員会が当裁判所に提出した昭和四二年六月九日付意見書にも、本件条件を付して許可した理由として、社青同の参加を全く上げていないことは本件記録に徴し明らかであるから、これらの事実を総合すると、東京都公安委員会が本件条件を付して許可するにいたつた真の理由は、もつぱら、従来の方針に従つて国会周辺の集団行動はこれを禁止するというにあつて、社青同が国会に乱入したり坐り込んだりするおそれがあるなどということは、その理由として考えられていなかつたものと認めるを相当とし、右認定に反する〈証拠〉は措信できず、他にこの点についての被告主張の事実を認めるに足る証拠はない。

(三)  以上によつてこれをみれば、本件条件を付した許可処分は、その条件の部分につき都公安条例三条一項但し書六号の規定の解釈適用を誤り、もしくは同条項により認められる裁量権の範囲を逸脱し、違法であるといわなければならない。そして、かように東京都公安委員会が右都公安条例の規定の運用を誤るときは、ひいて集団行動による表現の自由を侵害するにいたることは前示のとおりである。したがつて、本件条件付許可処分は、単に違法たるにとどまらず、憲法二一条の保障する表現の自由を侵害したものとして、違憲、無効であるといわざるを得ない。

三東京都公安委員会の故意又は過失

集団行動による表現の自由は、民主政治にとつてきわめて重要な基本的人権であること、都公安条例がその運用のいかんによつてはこれを侵す危険があるものであることは先に述べたとおりである。しかも、すでに昭和三五年七月二〇日最高裁判所大法廷判決も、都公安条例は「その運用の如何によつて憲法二一条が保障する表現の自由の保障を侵す危険を包蔵しないとはいえない。条例の運用にあたる公安委員会が権限を濫用し、公共の安寧の保持を口実にして、平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう極力戒心すべきものである」と説示している。したがつて、東京都公安委員会は、右都公安条例の規定の運用に当たつては、いやしくも集団行動による表現の自由を不当に侵害することのないように慎重にこれを執行すべき職務上の注意義務があることは改めていうまでもない。

しかるに、前記二2(一)(二)において認定した事実によれば、東京都公安委員会は、本件申請を審議するに当たつて、本件集団示威行進が都公安条例三条一項にいう「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」また「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合」であつたか否かを慎重に審議することなく、単に従来の方針に従つて国会開会中はその周辺の集団示威行進は許されないとの理由で本件条件を付して許可することを決定し、このため前記のとおり、集団行動による表現の自由を侵害するにいたつたもので、本件条件を付したことにつき少なくとも過失の責めを免れないといわざるを得ない。

四原告らの損害

1 さて、以上のように有責違法の行為により集団行動による表現の自由が侵害された場合にだれが精神上の損害を被つたとして慰藉料を請求することができるかを検討するに、都公安条例は、集団行動による表現の自由の特殊性にかんがみ、特に「主催者」という地位を設定し、また、事実上団体が集団行動を主催する場合であつても、かかる団体の多種、多様性を考慮して、団体自体を「主催者」とすることなく、その団体の代表者を「主催者」とし、同条上その者を権利義務の主体としていると解せられる(二条、五条)。そうであるとすれば、東京都公安委員会の同条例に基づく処分により直接の利益、不利益を受けるのは右処分の名宛人である「主催者」であつて、参加者はもとより、事実上集団行動を主催した団体(東京都警視総監の「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例の取扱いについて」と題する通達によれば、申請書および許可書には、主催者のほかにかかる団体を主催団体として記載すべきことになつている。)も、それにより集団行動をすることができるかどうかという事実上のもしくは反射的利益、不利益を受けるにすぎず、右処分の直接の効力を受けるものではないというべきである。したがつて、本件において、上記の場合、原告星野安三郎は本件集団示威行進の主催者であるから、慰藉料を請求できるが、原告藤永哲夫は本件集団示威行進の主催者でないから、たとえ同人が右の行進に参加し、その指導者であつたとしても、慰藉料を請求できないというべきである。

2  ところで、原告星野安三郎が昭和四二年六月五日本件申請をなしたが、東京都公安委員会から同月八日付をもつて本件条件を付した許可書を受けたことは当事者に争いがなく、これを不服として、当裁判所に本件条件を付した許可処分のうち本件条件の部分の取消しを求める訴えを提起するとともにその効力の停止の申立てをしたこと、当裁判所が同月九日付をもつて右申立てを容れて本件条件部分の効力を停止したが、右決定に対し総理大臣から異議申述がなされ、即日これを取り消したことは本件記録上明らかである。また、〈証拠〉によれば、本件集団示威行進が杉並区役所前を出発するに際し、原告星野安三郎は挨拶をし、本件集団示威行進が国会周辺(裏側)を通行できなくなつたことについて遺憾の意を表したこと、本件集団示威行進に実際に参加した人員は当初の参加予定人員を大きく下回り、約二〇〇名であつたこと、同原告も所用があつて右行進に加わることができなかつたことが、それぞれ認められ、他にこれに反する証拠はないから、以上の事実によれば、原告星野安三郎は、主催者として、本件条件を付した処分により精神的損害を被つたものと認めるを相当とする。

この点については、被告は、原告らが本件集団示威行進を国会周辺でできなくなつたのは、総理大臣の異議申述の結果、当裁判所が先にした本件条件部分の効力の停止決定を取り消したことによるのであつて、東京都公安委員会の本件条件を付した許可処分と本件集団示威行進が国会周辺を行進できなくなつたことの間には、相当因果関係がない、と主張するが、この主張は採用の限りでない。すなわち、当裁判所が原告星野安三郎の執行停止の申立てを容れて、本件条件を付した許可処分のうち、進路を変更した本件条件部分の効力を停止する旨の決定をしたことによつて本件集団示威行進は申請どおり国会周辺を行進できることになつたが、右効力停止決決定に対し、総理大臣から異議申述がなされ、当裁判所が右決定を取り消したため国会周辺を行進できることにならなかつたというだけで、もともと国会周辺を行進できなかつたのは、本件条件を付した許可処分によるのである。

3  そこで、原告星野安三郎の慰藉料の額についてであるが、集団示威運動による表現の自由は憲法二一条の保障する民主政治にとつて重要な基本的人権であるから、同原告が本件集団示威行進の主催者として、本件条件を付した許可処分によつて国会周辺(裏側)を通る集団示威行進ができなくなつたことにより被つた精神的損害は、これを重視すべきであるが、本件に現われた諸般の事情を考慮し、同原告の慰藉料の額は金一〇万円をもつて相当と認める。

五被告の責任

そうすると、本件条件を付した許可処分は、地方自治法二条二項、三項一号、警察法三六条の規定により被告の公権力の行使に当たる東京都公安委員会がその職務の執行としてなしたものであることが明らかであるから、被告は、国家賠償法一条により、原告星野安三郎に対し、上記損害を賠償すべき義務を免れない。

よつて、原告星野安三郎の本訴請求は金一〇万円の限度で正当としてこれを認容し、同原告のその余の請求および原告藤永哲夫の本訴請求はいずれもこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、なお、仮執行宣言の申立てについては、その必要なき場合と認めてこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。(杉本良吉 中平健吉 岩井俊)

東京護憲主催・集会・集団示威運動(杉並コース)

条件書

一、秩序保持に関する事項

主催者および現場責任者は、集会・集団示威運動の秩序保持について指揮統制を徹底すること。

二、危害防止に関する事項

1 鉄棒、こん棒、石その他危険な物件は一切携行しないこと。

2 旗ざお、プラカード等のえ(柄)に危険なものを用い、あるいは危険な装置を施さないこと。

三、交通秩序維持に関する事項

1 行進隊形は五列縦隊、一てい団の人員はおおむね二五〇名とし、右てい団間の距離はおおむね一てい団の長さとすること。

2 だ行進、うず巻き行進、ことさらなかけ足行進、おそ足行進、停滞、すわり込みおよび先行てい団との併進、追越しまたはいわゆるフランス・デモ等交通秩序をみだす行為をしないこと。

3 宣伝用自動車以外の車両を行進に参加させないこと。

4 旗、プラカード等の大きさは、一人で自由に持ち歩きできる程度のものとすること。

5 旗ざお等を利用して隊伍を組まないこと。

6 発進・停止、その他行進の整理のために行なう警察官の指示に従うこと。

四、進路の変更に関する事項

公共の秩序を保持するため、申請にかかる集団示威運動の進路のうち、赤坂見付交さ点〜特許庁方角の間を次のとおり変更する。

赤坂見付交さ点〜山王下〜溜池交さ点〜特許庁前

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